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2020年度 美術館でやさしい日本語

ダイバーシティ・プログラム(2020.11.23)

やさしい日本語のプログラム
「うつくしい文字ってどんなかたち?」

近年ミュージアムの活動は、人々の幸福な状態=ウェルビーイング(Wellbeing)を支え推進する活動である、という視点が大切にされるようになってきています。ミュージアムは多様な人々をつなぐ場であり、私たちの世界にある多様な価値を対等に分かち合う場としての役割を担っています。Museum Start あいうえのは、それぞれの人の文化が尊重されるより良い社会の実現に向けて「ダイバーシティ・プログラム」に取り組んでいます。プログラムが始まり5年目を迎える今年の活動テーマは、『うつくしい文字ってどんなかたち?』”What Makes Letters Beautiful?“。当日の活動風景を伝えます。

 

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|美術館にあつまろう

11月23日(月・祝)にMuseum Start あいうえのの「ダイバーシティ・プログラム」を開催しました。ダイバーシティ・プログラムは、多様な文化的背景を持つ人々が、文化や言語を越えてちがいや共通点を知り、相互理解を深めるプログラムです。今年のプログラムのテーマは、「うつくしい文字ってどんなかたち?」。

 

What Makes Letters Beautiful?
文字をうつくしくしているものの正体はなに?
うつくしいってなんだろう?

多様な解釈や価値、表現が生まれる、そんな可能性を秘めたテーマとなっています。

 

プログラムに参加するのは、オーストラリア、イギリス、カナダ、韓国、日本など、多様な国々にルーツをもつこどもと大人たち。多様な言葉を持つひとたちが参加するこのプログラムで使用する言語は「やさしい日本語」です。「やさしい日本語」は、日本語を相手に合わせて調整したもの。相手に伝わる言葉で話そうとする気持ちが「やさしい日本語」をつくります。

 

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いろんな道具の中から使うものをえらぶ参加者ととびラー 

 

午後1時30分からのプログラムに合わせて、参加者が続々と部屋へやってきました。ここは東京都美術館のアートスタディルームです。部屋の中では、アート・コミュニケータ(愛称 とびラー)が参加者のこどもと大人を迎えます。とびラーは、参加者の豊かなミュージアム体験に寄り添い、誰もが安心して過ごせる空間と時間をつくる大切な役割があります(*1)。

 

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ローラースポンジや筆を使って墨の線をひくこどもたち

 

部屋の机に広がるのは大きな和紙。参加者が思い思いに線を書くために用意された紙です。まずはこの紙に、様々な道具と墨を使って「いろんな線」を書き始めました。

 

ここでは、まだ文字をかきません。線をかくのは、まずは「文字」から離れて、墨でかく線の表現の豊かさや、シンプルなうつくしさ、墨が生み出すモノクロームの世界を体験するためです。太い・細い・長い・短い・ぐねぐねした・まあるいいろんな線をかいてみます。この時間は、参加者の心をほぐすためのアイスブレークでもあります(*2)。

 

|うつくしい文字ってどんなかたち?

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イントロダクションの様子

 

つぎに、活動のテーマ「うつくしい文字ってどんなかたち? What Makes Letters Beautiful?」についてイントロダクションがはじまりました。 進行を務めるのは、Museum Start あいうえのプログラム・オフィサーの渡邊です。まずは、問いになっているテーマについてみんなで理解を深めていきます。

 

みんなはうつくしいと聞いて、どんなものをイメージしますか?

私はきれいな本、ルーシー・リーのうつわ、海、小さいころの思い出をイメージしました。

きれいなものを見たとき、おだやか、明るい、あたたかな気持ちになります。

 

みんなはうつくしいと聞いてどんなものをイメージして、どんな気持ちになりますか?

みんながイメージするうつくしい何かと、

それを見たときの気持ちをグループで共有してみましょう。

 

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イントロダクションに耳をかたむけるこどもとおとなたち

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自分がイメージする「うつくしさ」についてチームで共有するこどもととびラー

 

とびラーがファシリテータになって、チームごとに自己紹介をします。あなたが考える「うつくしい」ものって、なんだろう?いままで「うつくしい」と感じた体験について話してみよう。それから、自分が考える「うつくしい」何かについて、これまでの体験を交えながら、こどもたちと大人たちは話しはじめました。

 

ある参加者の子どもは、秋に見た紅葉の景色がうつくしいと感じ、またある子どもは、きらめく海がうつくしいと感じたと話します。さらにそこから、「うつくしい」なにかに触れた時の自分の気持ちについて思い出していくと、心がおどる感じがしたり、落ち着く感じがしたり、エネルギーを感じたり、色々な心の動きが表れてくることがわかりました。

 

うつくしさはひとつではなく、感じとり方もさまざま。 国や文化によっても「うつくしい」ものはちがい、そこには多様性がみられます。多様な価値をもつひとびとが共に活動するなかで、 いろいろなうつくしさがあることに気付く事もプログラムのポイントです。

 

|書 ”Sho” との出会い

 

日本の「書」だけがカリグラフィーではありません。世界には、文字のうつくしさを表すたくさんの書があります。まずは、参加者の目の前のスライドに、トルコ、アラビア書道、タイ、韓国、ドイツのカリグラフィーが映し出されました。かたちはちがえど、それぞれの「うつくしさ」が探求されていることを目で見て感じる取るためです。

 

日本の書には、昔から受け継がれる古典的なものばかりではなく、「え?こんな書もあるの?」とおどろくような現代的なものもあります。今回私たちが見るのは現代的な書の作品です。現代の作品は、古典から時代を経て、うつくしさを追求したさきに出てきた表現です。

 

「うつくしい文字ってどんなかたちだろう?」

 

今まで考えていた自分の「うつくしいかたち」を広げてくれる、あたらしい「うつくしさ」を秘めた作品に出会えるかもしれない。「展示室をゆったり旅して、心を澄ませて作品を見つけてきてね。」と声をかけられて、参加者は展示室に出発しました。とびラーは、旅の水先案内人になったつもりで、こどもと大人を展示室に誘います。

 

東京都美術館のギャラリー展示室で開催されているのは、上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」Ueno Artist Project 2020: “Experiencing the World of Japanese Contemporary SHO” です。(*3)現代の書の作品が展示室にゆったりと並びます。

 

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上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展の会場

 

まずは、展示会場をチームで散歩します。ぐるっと空間を把握して、みんなで美術館らしい非日常的な空間や雰囲気をからだで感じるためです。そのあと、それぞれのチームがあらかじめ決められた作品の前へと進みます。その作品をしばらくじっと見た後で、とびラーが参加者に問いかけます。問いのキーワードは、「ひらめき」、「みつけて」、「なにこれ」です。

 

ひらめき 作品をみたときの第一印象は?
みつけて じっくり作品をみて面白いところや人に教えたいところを見つけよう。
なにこれ 作品のなかのなぞなところ、ふしぎなところを探そう。

 

 

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作品を前にチームで見る参加者ととびラー

 

「ひらめき」、「みつけて」、「なにこれ」は、だれでも作品についてよくみることができる問いになっています。とびラーからの問いかけに応えるうちに、参加者が作品について感じたこと、気付いたことを自然に口にすることができます。大人たちも自由に言葉を交わし合います。そこでも、疑問や発見があふれだし、とまることはありません。ひとつの作品をみんなでみつめることは、まなざしを共有しあうことです。一人ひとりの内にある経験やモノの見方、文化、価値を分かち合うことで、まなざしは共有されていきます。

 

チームで作品を見たあとは、ひとりで作品を見る時間へと移っていきます。「お気に入りの作品をみつけてみよう。気に入った作品の、お気に入りポイントをノートに書こう」ととびラーに声をかけられると、それぞれの参加者が気になった作品を目指して歩き出しました。作品を前に、作品と向き合うなかで、自分の感じていることを深くかえりみます。これは、作品に向き合う時間でもあり、自分に向き合う時間でもあるのです。とびラーは、参加者の子どもと大人を見守ります。参加者は、感じたことを「冒険ノート」(*4)に書き記しておいて、いつでもみられるように残します。

 

|書 ”Sho” で表現しよう

 

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アートカードを見る参加者たち 

 

書の展覧会から、アートスタディルームに戻ってきたこどもと大人たちは、つぎに、チーム内で「自分のお気に入りの作品」を共有します。チームのテーブルに並ぶのは、10~15作品の「アートカード」です。そのアートカードを見ながら感じたことを話し、周りに共有します。とびラーは、一人ひとりの参加者の言葉を受けとり、全体に向けて返したり、別々のひとの意見を引き合わせつなぎ合わせたりして、対話をうながします。ここでは、それぞれの発見が、それぞれに大切な価値をもつ、ということが感じられることが何よりも大切です。

 

プログラムは、全編にわたって、「やさしい日本語」が使われますが、英語の方が話しやすい参加者は、英語で話します。グループ内に通訳できる参加者が必ずいるので、英語からやさしい日本語になおして、みんなでコミュニケーションをとります。

 

そしていよいよ、書の作品を自分の手を動かして作っていきます。「いまの自分の気持ち」を文字、それも自分が思う「うつくしいかたちの文字」で書きます。言語は、日本語でも、日本語以外の母語でもok。言葉の意味が通らなくても大丈夫。まちがいも正解もない。子どもたちや大人たちが感じた「今の自分の気持ち」を紙の上で表現します。

 

書の作品づくりのステップ
・まずは、紙で練習。見た作品のいいところを再現する気持ちで。
・大小さまざまな大きさの紙が用意されています。好きな紙を選んで清書します。
・色とりどりの台紙から、自分の作品にぴったりのモノを選んで作品をはります。
・さいごに、落款印(ハンコ)をおします。

 

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アートスタディルームで作品をつくるこどもたちの様子

 

作品をつくるこどもたちの様子について、とびラーたちがこんなコメントを寄せてくれています。

 

アートスタディルームに来た時とは別人の様に自由に伸び伸び筆を走らせていました。書の展覧会を見たことで、こどもたちの中で変化が起きていました。書を習い最初は「字の形、はらい」など技術的な事にこだわっていた子も、わざと墨をかすれさせたり自由に創作していました。

(とびラー 遊佐さん)

 

作品を作る段階になると、エンジンがかかったように、何枚も何枚も書き始め、どんどん名作を誕生させてくれたので、楽しんでくれたのもよくわかりました。何より大活躍だったのが、9期の黄星さんが自作でもってきてくれた落款でした。自分の名前がはいった落款をめちゃくちゃ嬉しそうに何個も書いては、何個も押して、あるとないでちがう場になっていたと思います。

(とびラー 中嶋さん)

 

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とびラー手作りの落款印(らっかんいん)

 

こどもたち一人ひとりの名前が彫られた落款(らっかん)は、とびラーの黄さんお手製です。落款とは書・絵画などに押す印の事。作品が完成したときに、作品をつくった人のサインになるものです。こどもたちの名前入りの落款があることで、活動はより一段と豊かなものになり、書とこどもたちの結びつきも一層強くなりました。

 

|あなたのことばで作品を発表しよう

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発表をする参加者たち

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NPO法人 Sharing Caring Cultureの三坂慶子さんが英語の通訳としてサポートします

 

いよいよ活動のクライマックスとなる作品発表の時間です。参加者のこどもは、自分のつくった作品を自分のことばでみんなに発表します。発表の時間は、こどもたちが作品をみて「感じたきもち」、「うつくしい文字」の多様性を感じることができる時間です。日本語以外の文字を発表するこどもがいれば、その国の言語の音に触れる機会にもなります。

 

どこにもない 「川」
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うつくしい作品をまねた「一」
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「うつくしい」はうつくしい
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日本に夢中なるきっかけとなった本のタイトル
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作品を見て気持ちを共有し合う体験を通して、「うつくしい文字のかたち」が生み出されていきました。はじめは、現代の書、書の黒の世界に戸惑っていた参加者も、少しずつ様々な書の表現──書のメッセージの、線の、文字のかたちの、書の装飾や装丁の、うつくしさを自分なりに感じ取り、その発見の時間を楽しんでいました。そこには、ただの文字、ただの白黒の作品という以上の意味を書の中に見出す、参加者の中の心の変化が起きていたように思います。

 

一人ひとりの発表者の声は、充実した時間がそこにあったことを伝えてくれるような調子で、喜びや静かな興奮を伝えます。学校での体験を書にこめた子は、紙いっぱいに墨で線を引いた作品をみせながら、自分の心の葛藤について語ります。海外にルーツをもつ参加者の子は、『うつくしいはうつくしいだから、「うつくしい」をかいた』と、デザイン性に富んだ書の作品を紹介します。「今日このプログラムに参加して、はじめて日本にやってきたときに、日本に恋をしたその時の気持ちを思い出した」と、大好きな日本の本のタイトルを作品に仕立てた大人も作品を発表しました。みんなの発見した「うつくしい」は、さまざまな心の表現を取るようです。

 

発表の時間は、自分の表現をみんなに伝える事と同時に、自分以外の誰かの声に耳を傾けことができる大切な時間です。それぞれの参加をたたえ合うよう拍手とともに、参加者の発表をみんなで見守るあたたかなまなざしがそこにはありました。

おわりに

みんなにとって「うつくしい文字ってどんなかたち」でしたか?文字をうつくしくするものの正体とはなんでしょうか。この活動の問いは、長い時間をかけて追究できそうなテーマですが、「うつくしさ」を感じる私たちの心の中に、何か特別なものがあるのかもしれません。そんなことを感じさせてくれる活動になりました。

 

それぞれのうつくしさ、それぞれの感覚、価値、文化を認め合うことは、とても難しいことのように感じられる場面が日常生活の中にはたくさんあります。でも今回、この美術館という非日常的な空間の中で、多様な文化を持つ人々がアートを介して多様な「うつくしさ」に出会い、認めあうことができた経験は、異なる人々をつなぎ、世界にある多様な価値を対等に分かち合うことを可能にするための一歩になったのではないでしょうか。このプログラムが、関わったひとの人生を豊かにするものであることを願います。それではまた、美術館で会う日まで!

 

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参加者の声(アンケートより)

 

This was a magical event. The staff was very helpful. The discussion was  very interesting.(大人の参加者)

大人の方がたのしかったと思ったら子どももたのしかったようです。とてもすばらしいイベントでした。ありがとうございました。(大人の参加者)

苦手意識が高かった書道をたのしむことができました。(大人の参加者)

美術館の展示の中で、本当に「書」といえるものかわからないものから、本当に昔からありそうなものまでたくさんの書があって面白かった。(子どもの参加者)

筆を自由に動かすのがたのしかったです。色々な人と作品をみせあうとき、人によって「うつくしい」がちがっておもしろかったです。(子どもの参加者)

 

注:

*1──プログラムに参加するすべてのとびラーは、とびらプロジェクトの「アクセス実践講座」を通じて多様性への理解を深めています。

 

*2──アイスブレイクとは、活動のはじめに参加者の緊張をとき、リラックスしてもらうための活動です。チームで自己紹介を行ったり、簡単なゲームを行うのもアイスブレイクのひとつです。 

 

*3──「上野アーティストプロジェクト」は、「公募展のふるさと」と称される東京都美術館の歴史の継承と未来への発展を図るために、2017年より開始したシリーズで、今回の展覧会は第4弾です。

 

*4──冒険ノートは、自分が気に入ったものについて、気づいたことや感じたことをまとめ、記録するためのノートです。小学校1年生から高校3年生までのプログラム参加者全員に渡される、ミュージアム・スタート・パックの中に入っていてます。


プログラム概要
日時: 2020年11月23日(月・祝) 13:30~16:30

場所: 東京都美術館 アートスタディルーム

会場: 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」

参加者:オーストラリア、イギリス、カナダ、韓国、日本にルーツを持つこどもとその保護者  10組22名(こども12名、保護者10名)、とびラー 11名

企画協力:NPO法人Sharing Caring Culture

進行: 渡邊祐子(Museum Start あいうえのプログラム・オフィサー)


 

執筆 渡邊 祐子(Museum Start あいうえのプログラム・オフィサー)

プログラム: 美術館でやさしい日本語 |
投稿日: 2020年12月11日